死海文書とは
死海文書は、死海の北西岸にあるクムラン周辺の洞窟から見つかった、古代の写本の総称です。羊皮紙やパピルスに主にヘブライ語やアラム語で書かれ、断片を合わせると900点以上の写本が確認されています。書かれた年代は紀元前3世紀から紀元1世紀ごろで、それまで知られていた最古の旧約聖書の写本より約1000年も古いものが含まれていました。
死海文書の発見
最初の発見は1947年、ベドウィンの羊飼いの少年が、迷子になったヤギを探して洞窟に石を投げ入れたところ、壺が割れる音がしたことがきっかけだったと伝えられています。洞窟の中の壺には巻物が収められていました。その後1956年までに周辺の11の洞窟から次々と写本が見つかり、「20世紀最大の考古学的発見」と呼ばれるようになりました。
死海文書の内容
死海文書には、旧約聖書のほぼすべての書の写本が含まれ、特に完全な形で残る「イザヤ書」の大巻物は有名です。そのほか、聖書に入らなかった外典・偽典や、この文書を残した共同体の規則を記した「共同体の規則」、光の子と闇の子の最終戦争を描いた「戦いの書」、財宝の隠し場所を記したという銅板の「銅の巻物」などがあります。
文書を残したのは、クムランに住んでいたユダヤ教の一派エッセネ派の人々だとする説が有力ですが、エルサレムから運ばれて隠されたものだとする説もあり、研究者の間でも議論が続いています。現在、主要な巻物はエルサレムのイスラエル博物館「死海写本館」に展示されています。
死海文書の都市伝説
死海文書は、発見から全文の公開まで長い年月がかかったことから、「キリスト教をゆるがす秘密が書かれていて、隠されている」といった噂が広まりました。日本では、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』に「裏死海文書」という架空の予言書が登場したことで、名前が広く知られるようになりました。1990年代以降、写本の写真はすべて公開され、現在はインターネットで閲覧することもできます。





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