フー・ファイターとは
フー・ファイターは、第二次世界大戦末期の1944年から1945年にかけて、ヨーロッパや太平洋の戦線で、連合軍のパイロットたちが目撃した正体不明の光の玉です。赤や白、オレンジ色に光る球体が、夜間飛行中の爆撃機や戦闘機のそばにつきまとうように飛び、急な方向転換をしたと報告されています。
フー・ファイターは、戦後のUFOブームの先駆けとなった、空の謎の代表的な例です。戦争という緊迫した状況の中で生まれた不思議な目撃談は、その後のUFO伝説にも大きな影響を与えました。
夜空につきまとう光
フー・ファイターの目撃が特に多く報告されたのは、1944年の秋から冬にかけて、ドイツ上空を夜間に飛行していたアメリカ軍の夜間戦闘機部隊からでした。パイロットたちは、機体の翼の先や後ろに、光の玉がぴったりとついて飛んでくるのを目撃しました。
光の玉は、こちらが速度を上げても離れず、急に向きを変えても追いかけてきたといいます。しかし、攻撃してくることはなく、しばらくすると突然消えてしまうのでした。パイロットたちは、敵の新兵器ではないかと恐れながらも、その正体をつかむことはできませんでした。
名前の由来
「フー・ファイター」という呼び名は、パイロットたちが付けたものです。当時アメリカで人気だった新聞漫画の主人公は、消防士で、「フーあるところに火あり」という意味不明の決めぜりふで知られていました。正体のわからない火の玉を見たパイロットたちは、この決めぜりふにちなんで、光の玉を「フー・ファイター」と呼ぶようになったといわれています。
敵の新兵器?
当時、連合軍は、フー・ファイターはドイツや日本が開発した新兵器ではないかと疑いました。レーダーを妨害したり、パイロットを混乱させたりするための秘密兵器だというのです。実際に、ドイツはジェット機やロケット兵器など、新しい技術の兵器を次々と開発していました。
しかし、戦後に連合国がドイツの兵器の資料を調べても、フー・ファイターのような兵器を開発していた証拠は見つかりませんでした。それどころか、ドイツや日本のパイロットたちも、同じような謎の光を目撃していたことがわかったのです。
フー・ファイターの正体は?
フー・ファイターの正体としては、いくつかの説が挙げられています。一つは、嵐の夜などに、飛行機の翼の先や船のマストの先が青白く光る放電現象「セントエルモの火」です。また、雷雨のときにまれに現れる光の玉「球電」ではないかという説もあります。
そのほか、照明弾や探照灯の光、明るい星や惑星の見間違い、長時間の飛行による疲労や緊張が生んだ錯覚なども考えられています。夜間の飛行では、まわりに比べるものがないため、遠くの光が近くにあるように見えたり、動いていないものが動いているように見えたりすることがあります。
戦後のUFOブームへ
戦争が終わってまもない1947年、アメリカでケネス・アーノルド事件が起き、「空飛ぶ円盤」という言葉が広まると、フー・ファイターの話もUFOの初期の目撃例として注目されるようになりました。1953年には、アメリカ政府が開いたUFOについての科学者の会議でも、フー・ファイターが取り上げられています。
また、ナチス・ドイツが円盤型の兵器を開発していたというハウニブの伝説も、フー・ファイターの話を背景の一つとして生まれました。現在では、アメリカの人気ロックバンドの名前としても知られています。同じく戦時中の空で生まれた不思議な話には、機械にいたずらをする小鬼グレムリンの伝説もあります。





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