デリーの鉄柱
でりーのてっちゅう
- レア度
- 4
- 危険度
- 1
- 実在確率
- 5
- 知名度
- 4
デリーの鉄柱
でりーのてっちゅう
デリーのクトゥブ・ミナール(世界遺産)に立つ、高さ約7mの鉄の柱。4〜5世紀のグプタ朝の時代に作られたとされ、1600年以上たってもほとんどさびないことから「さびない鉄柱」として知られる。日本では「アショカ・ピラー」とも呼ばれる。
| 別名 | アショカ・ピラー、アショーカ・ピラー、チャンドラヴァルマンの鉄柱、さびない鉄柱、クトゥブ・ミナールの鉄柱、Iron pillar of Delhi |
| 時代・初出 |
4〜5世紀(グプタ朝)
年表:古代のナゾ ›
|
| 発祥 | インド |
| ステータス |
- レア度
- 4
- 危険度
- 1
- 実在確率
- 5
- 知名度
- 4
|
ランキングに投票
ログイン不要・1日1回応援できます。 ランキング一覧
デリーの鉄柱とは
デリーの鉄柱は、インドの首都デリーの南部にある遺跡群「クトゥブ・ミナールとその建造物群」(世界遺産)の中庭に立つ鉄の柱です。高さは約7m、重さは約6トンあります。表面に刻まれたサンスクリット語の碑文から、4〜5世紀ごろのグプタ朝の時代に、ヒンドゥー教の神ヴィシュヌにささげて建てられたものと考えられています。
「アショカ・ピラー」は誤り?
日本では「アショカ・ピラー」の名で紹介されることが多いのですが、紀元前3世紀のマウリヤ朝のアショーカ王が各地に建てた「アショーカ王柱」は、主に砂岩で作られた別のものです。デリーの鉄柱は、碑文に登場する「チャンドラ王」(グプタ朝のチャンドラグプタ2世とする説が有力)にちなんで呼ばれることもあります。
なぜさびないのか
この鉄柱が有名なのは、1600年以上も屋外に立っているのに、ほとんどさびていないことです。かつては「古代の未知の技術」「宇宙人が作った」とも言われました。
現在では、科学的な研究によって理由がわかってきています。鉄柱の鉄にはリンが多く含まれ、表面にごく薄い保護膜ができて、さびの進行を防いでいるのです。また、デリーの比較的乾燥した気候も関係していると考えられています。古代インドの鍛冶職人たちが、小さな鉄の塊を打ち合わせて巨大な柱を作り上げた技術の高さを示しています。
願いがかなう柱
かつては、柱に背中をつけて両手を後ろに回し、指先が触れ合えば願いがかなう、という言い伝えがあり、多くの観光客が試していました。現在は柱を守るため、周りに柵が設けられています。有名なオーパーツの一覧はオーパーツのページにまとめています。
ご注意
掲載内容は伝承・目撃談・説の紹介であり、事実であることを保証するものではありません。ステータスは当サイト独自の目安です。私有地・立入禁止区域への侵入は法律で禁止されています。現地の方の迷惑になる行為はおやめください。
「デリーの鉄柱」にまつわる伝承地や目撃情報を知っていますか? 情報を投稿する ›
コメント(0)
まだコメントはありません。伝承や目撃談の補足、感想など、最初のコメントを書いてみませんか?