モアイ

もあい

古代文明

南太平洋のイースター島(ラパ・ヌイ)に残る巨大な人の顔の石像。約900体あるとされ、10〜16世紀ごろに作られた。祖先をまつる像と考えられ、どうやって運んだのかが長く謎とされてきた。

別名モアイ像、イースター島のモアイ、ラパ・ヌイ、Moai
時代・初出 10〜16世紀ごろ 年表:鎌倉〜戦国のナゾ ›
発祥チリ(イースター島)
関連人物
ステータス
レア度
危険度
実在確率
知名度

ランキングに投票

ログイン不要・1日1回応援できます。 ランキング一覧

モアイとは

モアイは、南太平洋に浮かぶチリ領イースター島(現地の言葉でラパ・ヌイ)に残る、巨大な人の上半身をかたどった石像です。島には大小合わせて約900体のモアイがあるとされ、大きなものは高さ10メートル、重さ80トンを超えます。島全体がラパ・ヌイ国立公園として、1995年にユネスコの世界遺産に登録されました。

モアイは誰が、何のために作った?

モアイを作ったのは、太平洋の島々を船で渡ってきたポリネシア系の島民の祖先です。10〜16世紀ごろにかけて、島の東にあるラノ・ララク火山の凝灰岩を石器で削り出して作られました。

モアイは、亡くなった首長や祖先を表し、その霊の力で村を守るものと考えられています。多くのモアイは「アフ」と呼ばれる石の祭壇の上に、海に背を向けて村の方を見守るように立てられています。海を向いて立つアフ・アキヴィの7体のモアイは例外として有名です。頭に赤い石の「プカオ」をのせたモアイや、目にサンゴの白目がはめ込まれたモアイもあります。

モアイの運び方の謎と「歩くモアイ」

石切り場から何キロも離れた海岸まで、巨大なモアイをどうやって運んだのかは長い間の謎でした。島には「モアイは自分で歩いた」という言い伝えがあり、2012年には研究者が、立てたモアイの像に何本ものロープをかけて左右に揺らすことで、少人数でも像を「歩かせる」ように運べることを実験で示しました。

ラノ・ララクの斜面には、作りかけのモアイや、胴体が土に埋まって頭だけが出ているモアイが数多く残っています。「モアイには体がある」という話題がよくネットで話題になるのは、これらの像の発掘調査が知られるようになったためです。

モアイとムー大陸・古代文明の伝説

絶海の孤島に巨大な石像があることから、モアイは古くから謎の古代文明と結びつけて語られてきました。20世紀前半には、ジェームズ・チャーチワードが、イースター島は太平洋に沈んだムー大陸の名残だと主張しました。また島に残る未解読の文字「ロンゴロンゴ」も、謎を深める材料となっています。現在の研究では、モアイはポリネシアの人々が独自に築いた文化の成果と考えられています。イギリスのストーンヘンジと並ぶ、世界の巨石遺跡の代表です。

モアイの伝承・目撃地点

ご注意 私有地・立入禁止区域への侵入は法律で禁止されています。現地の方の迷惑になる行為はおやめください。

地図上の位置は、伝承・目撃の舞台となった地域の目安です。多くの地点は市区町村・都道府県(海外は都市を約10km単位に丸めた位置・国)の代表点に置いており、正確な場所を示すものではありません。
市区町村の代表点:アドレス・ベース・レジストリ(デジタル庁)をもとにした Geolonia 住所データ(CC BY 4.0) / 国の代表点:Natural Earth

モアイのつながり

周りの丸を押すと、その項目が中心になります。伝説から伝説へ、芋づる式にたどってみましょう。

つながりを文章で見る

出典・参考文献

  1. ラパ・ヌイ国立公園(UNESCO World Heritage Centre)

ご注意 掲載内容は伝承・目撃談・説の紹介であり、事実であることを保証するものではありません。ステータスは当サイト独自の目安です。私有地・立入禁止区域への侵入は法律で禁止されています。現地の方の迷惑になる行為はおやめください。

「モアイ」にまつわる伝承地や目撃情報を知っていますか? 情報を投稿する ›

コメント(0)

まだコメントはありません。伝承や目撃談の補足、感想など、最初のコメントを書いてみませんか?

コメントを書く(ログイン不要)

0 / 1000

    画像付きの投稿は、運営者の確認後に公開します。自分で撮影・作成した画像に限ります。人の顔、民家、車のナンバーなどが写った画像や、他のサイトからの転載は公開しません。撮影場所などの情報は削除して保存します。

    個人の氏名・住所・電話番号、私有地や民家の場所、誹謗中傷は書かないでください。URLを含むコメントなどは運営者の確認後に公開します。IPアドレスは復元できない形式で記録します。 投稿ガイドライン

    よく読まれている項目

    関連する項目