モヘンジョダロとは
モヘンジョダロは、パキスタン南部のシンド州、インダス川の西岸にある古代都市の遺跡です。紀元前2500年ごろから紀元前1900年ごろにかけて栄えたインダス文明を代表する都市で、最盛期には数万人が暮らしていたと推定されています。1922年に遺跡の調査が始まり、1980年にユネスコの世界遺産に登録されました。名前は現地のシンド語で「死者の丘」を意味するといわれます。
4500年前の計画都市
モヘンジョダロの大きな特徴は、きちんと計画して作られた都市であることです。大通りが碁盤の目のように走り、規格のそろった焼きレンガで家が建てられていました。多くの家には井戸や浴室、トイレがあり、排水はレンガで作られた下水道を通って流れる仕組みになっていました。
城塞と呼ばれる高台には、防水加工されたプールのような「大浴場」があり、宗教的な沐浴に使われたと考えられています。そのほか、穀物倉とされる大きな建物の跡も見つかっています。遺跡からは、「神官王」と呼ばれる人物の石像や、「踊り子」と呼ばれる青銅の小像なども出土しました。
インダス文字とモヘンジョダロの謎
モヘンジョダロからは、動物や記号が刻まれた小さなハンコ(印章)が数多く見つかっています。そこに刻まれたインダス文字は、ほとんどが短い文字列で、ほかの言語との対訳資料も見つかっていないため、現在も解読されていません。また、王の宮殿や大きな神殿のような、権力を示す建物がはっきり見つかっていないことも、この文明の大きな謎の一つです。
インダス文明が衰えた理由については、川の流れの変化、気候の乾燥化、交易の衰えなど、さまざまな説がありますが、まだはっきりとはわかっていません。
モヘンジョダロの古代核戦争説
モヘンジョダロは、「古代に核戦争があって滅んだ」という都市伝説でも知られています。遺跡から見つかった人骨が、突然の死を迎えたかのような姿で横たわっていた、高熱で溶けたガラス状の石が見つかった、強い放射能が検出された、などと語られ、インドの叙事詩『マハーバーラタ』の兵器の描写と結びつけられました(古代核戦争説)。
しかし、人骨は時代や場所の異なる層から見つかったもので、一度に亡くなったものではないことがわかっています。また、高い放射能が検出されたという確かな学術報告もありません。モヘンジョダロの本当の価値は、4500年前の人々の高度な都市づくりにあるといえます。同じく古代の巨大遺跡として、ストーンヘンジやモアイもよく知られています。

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