日本三大怨霊
無実の罪で流された菅原道真、反乱を起こして討たれた平将門、流罪の地で亡くなった崇徳天皇。恐れられた三人の怨霊は、やがて神としてまつられていきます。日本人が怨霊とどう向き合ってきたのかをたどります。
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つながりを文章で読む
- 藤原時平 大宰府へ左遷 → 菅原道真の怨霊 道真は無実の罪で大宰府に流され、その地で亡くなった。
- 菅原道真の怨霊 たたりとされた → 清涼殿落雷事件 道真の死後に起きた落雷事件は、怨霊のしわざと恐れられた。
- 菅原道真の怨霊 天神としてまつる → 北野天満宮 怨霊を鎮めるためにまつられ、のちに学問の神となった。
- 藤原秀郷 討ち取る → 平将門の怨霊 藤原秀郷(俵藤太)らが将門の反乱を平定した。
- 平将門の怨霊 首が飛んだ → 将門塚(首塚) 京でさらされた首が胴体を求めて東へ飛び、落ちた地とされる。
- 平将門の怨霊 祭神 → 神田明神 神田明神に祭神としてまつられている。
- 後白河天皇 保元の乱 → 崇徳天皇 皇位をめぐる争いに敗れた崇徳上皇は讃岐へ流された。
- 崇徳天皇 天狗になった → 天狗 「日本国の大魔縁とならん」と誓い、生きながら天狗になったと伝わる。
- 崇徳天皇 眠る地 → 白峯陵 讃岐で亡くなり、白峯に葬られた。
- 上田秋成 「白峯」を書く → 白峯陵 西行が崇徳院の霊と出会う物語を『雨月物語』に収めた。
- 菅原道真の怨霊 三大怨霊 → 平将門の怨霊 道真・将門・崇徳は「日本三大怨霊」と呼ばれる。
- 平将門の怨霊 三大怨霊 → 崇徳天皇
物語
- 怨霊とは
恨みを残して亡くなった人の霊が、災いをもたらす――。平安時代の人々は、怨霊を本気で恐れていました。中でも特に恐れられた三人が「日本三大怨霊」です。
- 大宰府に流された道真
学者で政治家の菅原道真は、藤原時平らとの争いの中で無実の罪を着せられ、九州の大宰府に流されて亡くなりました。
- 都に落ちた雷
道真の死後、時平が若くして亡くなり、930年には宮中の清涼殿に雷が落ちて多くの死傷者が出ました。人々はこれを道真のたたりだと恐れました。
- 怨霊から天神様へ
朝廷は道真の名誉を回復し、北野天満宮などにまつって霊を鎮めようとしました。やがて道真は、学問の神「天神様」として親しまれるようになります。
- 関東の反乱者・将門
平将門は関東で反乱を起こし「新皇」を名乗りましたが、藤原秀郷らに討たれました。
- 東へ飛んだ首
京でさらされた将門の首は、胴体を求めて東へ飛んだと伝えられます。落ちた地とされる東京・大手町の将門塚は、今も大切にまつられています。
- 讃岐に流された天皇
崇徳上皇は、弟の後白河天皇との争い「保元の乱」に敗れ、讃岐(香川県)に流されました。
- 生きながら天狗に
崇徳上皇は「日本国の大魔縁とならん」と誓い、生きながら天狗になったと伝えられます。その姿は上田秋成の『雨月物語』「白峯」にも描かれました。
- 怨霊を神としてまつる
恐ろしい怨霊を、ていねいにまつることで守り神に変える――。三人の物語には、日本人の「御霊信仰」の考え方がよく表れています。