平将門の怨霊

たいらのまさかどのおんりょう

怪異

平安時代に関東で反乱を起こし討たれた平将門の怨霊伝説。京でさらされた首が胴体を求めて東へ飛んだとされ、東京・大手町の「将門塚(首塚)」は今も大切にまつられている。

別名平将門、将門の首塚、将門塚、将門の祟り、日本三大怨霊
時代・初出 平安時代(940年)〜 年表:平安時代のナゾ ›
発祥日本
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平将門の怨霊とは

平将門(?〜940年)は、平安時代中期に関東で勢力をふるった武将です。一族の争いから朝廷に反旗を翻し、自ら「新皇(しんのう)」と名乗って関東に独立国のような勢力を築きましたが、940年、藤原秀郷や平貞盛らによって討たれました。将門の死後、その怨霊にまつわるさまざまな伝説が生まれ、菅原道真、崇徳院と並ぶ「日本三大怨霊」の一人に数えられています。

飛んでいった将門の首

討ち取られた将門の首は、京都に運ばれてさらし首にされました。ところが、その首は何か月たっても腐らず、目を見開いたまま「わが体はどこだ。ここに来い。首をつないでもう一戦しよう」と夜な夜な叫び続けたといいます。そしてある夜、首は光を放って空に舞い上がり、胴体を求めて東の方へ飛び去っていきました。首が落ちた場所とされるのが、現在の東京都千代田区大手町にある「将門塚(首塚)」です。

将門塚と祟りの伝説

将門塚は、高層ビルが立ち並ぶオフィス街の中に今も残されています。関東大震災の後、塚の上に役所の仮庁舎を建てたところ関係者が相次いで亡くなった、戦後に塚を取り壊そうとした工事で事故が起きた、といった「祟り」の話が語り継がれ、塚は大切に守られてきました。一方で将門は、東京の神田明神の祭神として、江戸の総鎮守、関東の守り神としても敬われています。

平将門の怨霊の伝承・目撃地点

ご注意 私有地・立入禁止区域への侵入は法律で禁止されています。現地の方の迷惑になる行為はおやめください。

地図上の位置は、伝承・目撃の舞台となった地域の目安です。多くの地点は市区町村・都道府県(海外は都市を約10km単位に丸めた位置・国)の代表点に置いており、正確な場所を示すものではありません。
市区町村の代表点:アドレス・ベース・レジストリ(デジタル庁)をもとにした Geolonia 住所データ(CC BY 4.0) / 国の代表点:Natural Earth

平将門の怨霊のつながり

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