鍋島の化け猫騒動
なべしまのばけねこそうどう
- レア度
- 3
- 危険度
- 4
- 実在確率
- 2
- 知名度
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鍋島の化け猫騒動
なべしまのばけねこそうどう
佐賀藩鍋島家を舞台にした化け猫の怪談。藩主に斬られた家臣の母の無念を晴らすため、飼い猫が化け猫となって藩主を苦しめる。江戸時代後期に講談や歌舞伎で大評判となり、日本三大化け猫騒動の筆頭とされる。
| 別名 | 鍋島化け猫騒動、鍋島猫騒動、佐賀の夜桜怪猫伝、化け猫騒動 |
| 時代・初出 |
江戸時代前期(舞台)・江戸時代後期(講談・歌舞伎)
年表:江戸時代のナゾ ›
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| 発祥 | 日本(佐賀県) |
| ステータス |
- レア度
- 3
- 危険度
- 4
- 実在確率
- 2
- 知名度
- 4
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鍋島の化け猫騒動とは
鍋島の化け猫騒動は、江戸時代の佐賀藩(鍋島藩)を舞台にした化け猫の怪談で、日本の化け猫の物語の中で最も有名なものです。久留米藩の「有馬の猫騒動」、岡崎の「岡崎の猫」とあわせて「日本三大化け猫騒動」と呼ばれます。
化け猫騒動のあらすじ
話にはいくつもの形がありますが、よく知られている筋書きは次のようなものです。佐賀藩の二代藩主・鍋島光茂は、家臣の龍造寺又七郎を碁の相手に呼びました。ところが勝負のもつれから光茂は怒って又七郎を斬り殺してしまいます。息子を失った又七郎の母は、飼い猫に恨みを語り聞かせて自害しました。
その血をなめた猫は化け猫となり、光茂の愛する側室に化けて夜ごと光茂を苦しめます。光茂は原因のわからない病に伏しますが、やがて忠義の家臣が正体を見破り、化け猫は退治されたといいます。
龍造寺家と鍋島家の歴史
佐賀はもともと、戦国大名の龍造寺氏が治めていた土地でした。龍造寺隆信が戦死したのち、家臣だった鍋島直茂が実権を握り、江戸時代には鍋島家が佐賀藩の藩主となりました。龍造寺家の当主が若くして亡くなり家が絶えたことなどから、鍋島家への恨みが語られることがあり、化け猫騒動の話は、こうした歴史をもとに作られた創作と考えられています。
江戸時代後期には、この話をもとにした講談や歌舞伎が大評判となりました。佐賀藩からの抗議で上演が中止されたこともあったと伝えられています。佐賀県白石町の秀林寺には、化け猫を供養したと伝わる猫塚が残っています。
鍋島の化け猫騒動の伝承・目撃地点
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地図上の位置は、伝承・目撃の舞台となった地域の目安です。多くの地点は市区町村・都道府県(海外は都市を約10km単位に丸めた位置・国)の代表点に置いており、正確な場所を示すものではありません。
市区町村の代表点:アドレス・ベース・レジストリ(デジタル庁)をもとにした Geolonia 住所データ(CC BY 4.0) / 国の代表点:Natural Earth
鍋島の化け猫騒動のつながり
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