ハッグとは
ハッグは、イギリスやアイルランドなどの伝承に登場する、醜い老婆の姿をした妖精や魔女を指す言葉です。日本語の「鬼婆」に近い存在で、恐ろしいもの、人に害をなすもの、自然の力を体現する神秘的なものなど、さまざまな「老婆の怪異」がハッグと呼ばれてきました。
英語の「ハッグ(hag)」は、古い英語で魔女や悪霊を指した言葉に由来すると考えられています。現在の英語でも、醜い老婆や意地の悪い女性を悪く言う言葉として使われています。
冬と大地の女神としてのハッグ
ハッグの中には、冬や大地の力を象徴する、女神のような存在もいます。その代表が、スコットランドやアイルランドに伝わる冬の老婆カリアッハ・ヴェーラです。カリアッハは、冬の間、大地を凍らせ、嵐や雪を呼ぶ力を持つとされ、山や岩を作ったとも語られます。アイルランド南西部のベアラ半島には、この老婆が石になったとされる岩が残っています。
こうしたハッグは、単に恐ろしい存在ではなく、厳しい自然そのものを人の姿で表したものと考えられます。老婆の姿は、長い年月を生きた知恵や、冬のように年を経た季節の象徴でもありました。
子どもをさらう恐ろしいハッグ
一方で、子どもをさらって食べる恐ろしいハッグも各地に伝わっています。イングランド中部レスターシャーのブラックアニスは、青い顔と鉄のような爪を持ち、丘の洞穴に住んで、夜になると子どもや子羊をさらって食べたといわれます。
また、池や川、沼地には、水辺に近づいた子どもを水の中へ引きずり込む老婆の怪物の話も多く伝わっています。こうした話には、子どもたちを危険な水辺や夜の外出から遠ざけるための、大人たちの戒めの役割もありました。
ナイトハッグと金縛り
夜中に眠っている人の胸の上にのしかかって、息苦しくさせる魔女は「ナイトハッグ(夜の老婆)」と呼ばれました。眠っている間に体が動かなくなり、胸が押しつぶされるように苦しく、部屋の中に誰かがいるような気配を感じる――そんな体験は、昔はハッグのしわざだと考えられていたのです。
現在では、こうした体験は「睡眠麻痺(金縛り)」と呼ばれる、眠りの途中で起こる現象だとわかっています。夢を見ているときの眠りの状態のまま意識だけが目覚めると、体が動かないのに、夢のような幻覚を見たり感じたりすることがあるのです。英語には、悪夢にうなされて疲れ果てた様子を表す「ハッグに乗られた(hag-ridden)」という言葉が今も残っています。
文学の中のハッグ
シェイクスピアの悲劇『マクベス』には、荒野で主人公マクベスに予言を告げる3人の魔女が登場します。不気味な老婆の姿をした魔女たちは、ハッグのイメージを代表する存在として知られています。童話に登場する、森の奥に住む恐ろしい魔女たちも、ハッグの伝承とつながっています。
世界の老婆の怪異
老婆の姿をした怪異は、世界中に伝わっています。スラヴの民話には、鶏の足の上に建つ小屋に住む魔女バーバ・ヤガーが登場し、日本には山に住んで人を襲う山姥の伝承があります。老婆は、人々にとって知恵と恐ろしさの両方を感じさせる存在だったのでしょう。西洋の魔女の歴史とあわせて読むと、ハッグのイメージがどのように生まれたのかがよくわかります。





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