ローレライとは
ローレライは、ドイツ西部を流れるライン川の中流、ザンクト・ゴアルスハウゼンの近くにそびえる高さ約130mの岩山と、その岩の上に現れるという美しい乙女の名前です。乙女は金色の髪をとかしながら美しい声で歌い、それに見とれた舟人たちは岩に舟をぶつけて沈んでしまうといわれます。
ローレライの伝説は、古くから伝わる民話のように思われがちですが、実は19世紀の初めに詩人たちの作品によって形作られた、比較的新しい伝説です。
ライン川の難所
ローレライの岩の付近は、ライン川の中流でも特に川幅が狭く、流れが急で、深いところと浅い岩礁が入り組んだ場所です。川が大きく曲がっているうえ、水の中には岩が隠れているため、昔から多くの舟が事故にあう難所として知られていました。
また、この岩は音がよく響く場所で、声がこだまして返ってくることでも知られていました。名前の「ライ」は、この地方の古い言葉で「岩」を意味し、「ローレ」は「ささやく」「待ち伏せする」といった意味の言葉に由来するという説があります。こだまする岩の不思議な響きが、岩に住む何者かの声として想像されたのかもしれません。
ブレンターノが生んだ乙女
ローレライの乙女の物語を最初に書いたのは、ドイツの詩人クレメンス・ブレンターノです。1801年、ブレンターノは小説の中に、美しすぎるために男たちを破滅させてしまう娘ローレ・ライが、修道院へ向かう途中で岩から身を投げる、という物語詩を書きました。これは古い民話ではなく、ブレンターノの創作だったと考えられています。
ハイネの詩「ローレライ」
ローレライを世界的に有名にしたのは、ドイツの詩人ハインリヒ・ハイネが1824年に発表した詩「ローレライ」です。ハイネの詩では、岩の上で金の櫛で髪をとかしながら歌う乙女の姿と、その歌声に心を奪われて岩を見上げるうちに、波にのまれてしまう舟人の姿が、物悲しく描かれました。
ハイネの詩によって、岩の上で歌い、舟人を破滅へ誘う乙女という、現在のローレライのイメージが定着しました。
歌曲「ローレライ」と日本の唱歌
1837年、ドイツの作曲家フリードリヒ・ジルヒャーが、ハイネの詩に美しい曲をつけました。この歌曲「ローレライ」は、ドイツを代表する民謡のように親しまれるようになり、世界中で歌われてきました。
日本でも、明治時代の終わりに訳詞がつけられ、学校の唱歌として長く親しまれています。遠いライン川の伝説が、日本の多くの人にとっても身近な歌になったのです。
世界遺産の景観
ローレライの岩がある「ライン渓谷中流上部」は、古城やぶどう畑が続く美しい景観で知られ、2002年に世界遺産に登録されました。ローレライの岩の上には展望台があり、眼下を流れるライン川の雄大な景色を見渡すことができます。岩のふもとの港には、ローレライの乙女の像も置かれています。現在、この付近を通る観光船では、ローレライの岩に近づくと、歌曲「ローレライ」が流されることもあります。
歌で人を惑わす水辺の乙女
美しい歌声で舟人を惑わす乙女の話は、世界各地に伝わっています。ギリシャ神話のセイレーンは、歌声で船乗りを誘い寄せ、船を難破させる怪物として知られています。また、スラヴの水の精霊ルサールカも、水辺で歌い踊って若者を水の中へ誘い込むといわれます。水の美しさと恐ろしさを、人々は美しい乙女の姿に重ねてきたのです。





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