殺生石
せっしょうせき
- レア度
- 3
- 危険度
- 4
- 実在確率
- 4
- 知名度
- 4
殺生石
せっしょうせき
栃木県那須町の那須湯本にある、近づく生き物の命を奪うと恐れられた石。正体を見破られて討たれた九尾の狐・玉藻前が石になったものと伝えられる。2022年に石が二つに割れているのが見つかり話題になった。
| 別名 | 殺生石伝説、那須の殺生石、玉藻前の石、Sessho-seki |
| 時代・初出 |
平安時代(伝承)
年表:平安時代のナゾ ›
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| 発祥 | 日本(栃木県) |
| 関連人物 |
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| ゆかりの日 |
- 3月5日殺生石が二つに割れているのが見つかる(2022年)
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| ステータス |
- レア度
- 3
- 危険度
- 4
- 実在確率
- 4
- 知名度
- 4
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殺生石とは
殺生石は、栃木県那須町の那須湯本温泉の近く、硫黄のにおいが立ちこめる谷にある大きな石です。昔から、この石に近づいた鳥や獣、人までもが命を落としたことから「殺生石」と呼ばれ、恐れられてきました。その正体は、九尾の狐の化身だと伝えられています。
九尾の狐と玉藻前の伝説
伝説によると、平安時代の末、鳥羽上皇の寵愛を受けた美しい女官・玉藻前(たまものまえ)がいました。ところが上皇が原因不明の病に倒れたため、陰陽師が占ったところ、玉藻前の正体は中国やインドで国を滅ぼしてきた金色の九尾の狐だと見破られました。
正体を暴かれた狐は那須野へ逃げましたが、朝廷の軍勢に討たれ、その怨念が毒を吐く大きな石になったといいます。のちに源翁(げんのう)和尚がこの石を打ち砕いて霊を鎮め、砕けた石は各地へ飛び散ったとされます。石を割る大きな金づちを「げんのう(玄翁)」と呼ぶのは、この和尚の名にちなむといわれています。
松尾芭蕉と殺生石
江戸時代の俳人松尾芭蕉は、『おくのほそ道』の旅の途中で殺生石を訪れ、「石の毒気いまだほろびず、蜂・蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほどかさなり死す」と書き残しています。殺生石の周辺では、火山性のガス(硫化水素など)が噴き出しており、これが「近づくと死ぬ石」の伝説の背景にあったと考えられています。
2022年、殺生石が割れた
2022年3月、殺生石が二つに割れているのが見つかり、「九尾の狐の封印が解けた」とSNSで大きな話題になりました。実際には、もともと石に入っていたひびに雨水がしみこむなどして、自然に割れたものと考えられています。割れた殺生石は現在も見学することができ、周辺には「千体地蔵」も並んでいます。
殺生石の伝承・目撃地点
ご注意
私有地・立入禁止区域への侵入は法律で禁止されています。現地の方の迷惑になる行為はおやめください。
地図上の位置は、伝承・目撃の舞台となった地域の目安です。多くの地点は市区町村・都道府県(海外は都市を約10km単位に丸めた位置・国)の代表点に置いており、正確な場所を示すものではありません。
市区町村の代表点:アドレス・ベース・レジストリ(デジタル庁)をもとにした Geolonia 住所データ(CC BY 4.0) / 国の代表点:Natural Earth
殺生石のつながり
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この項目が登場する相関図: 九尾の狐と玉藻前
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