ネッシーとは
ネッシーは、イギリス・スコットランド北部のネス湖にすむとされる未確認動物(UMA)です。長い首と小さな頭、大きな胴体を持つ、首長竜のような姿で語られることが多く、世界で最も有名なUMAといえる存在です。正式な名前のように「ネス湖の怪獣(ロッホ・ネス・モンスター)」とも呼ばれます。
ネス湖は、長さ約37キロメートル、深さは最も深いところで200メートルを超える、細長い淡水湖です。湖の水は泥炭が溶け込んで茶色く濁っており、水の中を見通すことがほとんどできません。この「何がいてもわからない」深く暗い湖が、ネッシーの伝説を育ててきました。
伝説の原点:聖コルンバの伝記
ネッシー伝説の原点としてよく紹介されるのが、7世紀の終わりごろに修道院長アダムナンが書いた『聖コルンバ伝』です。そこには、6世紀にスコットランドへキリスト教を伝えた聖コルンバが、ネス川で人を襲った「水の獣」に向かって十字を切り、神の名において追い払った、という話が記されています。
ただし、この話はネス湖ではなくネス川での出来事で、聖人の奇跡をたたえるための物語です。現在のネッシーの姿とは大きく異なっており、ネッシーが古くから目撃されていた証拠とは言い切れません。
1933年の目撃ブーム
ネッシーが世界的に有名になったのは、1933年のことです。この年、ネス湖の北岸に沿って新しい道路が完成し、湖の様子を間近に見ながら通る人が一気に増えました。そして同じ年の春、湖の水面で大きな生き物が暴れていたという目撃談が地元の新聞に掲載されると、たちまち評判になりました。
その後も目撃報告が相次ぎ、イギリス中の新聞がネス湖の怪獣を報じました。「ネッシー」という愛称が定着し、多くの見物人や記者がネス湖を訪れるようになりました。
「外科医の写真」とその真相
1934年、ネッシーのイメージを決定づける一枚の写真が新聞に掲載されました。水面から長い首と小さな頭を突き出した生き物を写したもので、撮影者がロンドンの外科医だったことから「外科医の写真」と呼ばれます。この写真は、その後60年にわたって、ネッシーの存在を示す最も有名な証拠とされてきました。
ところが1990年代になって、この写真の撮影にかかわった人物の証言から、おもちゃの潜水艦に模型の首と頭を取りつけて湖に浮かべ、撮影したものだったことが明らかになりました。ネッシーを探していた人物が、自分を笑いものにした新聞社に仕返しをするために計画したものだったといいます。この写真の検証については、ナゾマップの検証記事で詳しく取り上げています。
科学的な調査
ネス湖では、これまでに数多くの調査が行われてきました。1960年代以降は、監視カメラを湖岸に並べた調査や、潜水艇による調査が行われ、1987年には多数のボートを横一列に並べ、ソナー(音波探知機)で湖全体を調べる大規模な調査も実施されました。しかし、大型の未知の生物がいるという確かな証拠は見つかりませんでした。
2018年には、ニュージーランドの大学の研究チームが、ネス湖のさまざまな場所と深さから水を採取し、水に含まれる生き物のDNA(環境DNA)を調べる調査を行いました。その結果、爬虫類である首長竜のDNAは見つかりませんでしたが、ウナギのDNAが非常に多く見つかりました。研究チームは、大きなウナギの見間違いがネッシーの目撃談の一部を説明できるかもしれない、と発表しています。
首長竜説の問題点
ネッシーは首長竜の生き残りだという説は人気がありますが、科学的にはいくつもの問題があります。首長竜は約6600万年前に絶滅したと考えられていますし、ネス湖は約1万年前に最後の氷河期が終わってからできた湖で、それまでは氷に覆われていました。また、冷たく、えさとなる魚も多くない湖で、大きな生き物の群れが長い間生き続けることは難しいと考えられています。
ネッシーの正体は?
目撃談の多くは、流木や湖面の波、ボートが立てた波の跡、泳ぐシカや鳥、大きな魚などの見間違いと考えられています。風のない日に湖面に現れる細長い筋や、離れた場所を進む船の波が、湖面を泳ぐ生き物のように見えることもあります。
世界に広がった「ネッシー」たち
ネッシーの人気は世界中に広がり、各地の湖で「〇〇ッシー」と呼ばれる怪物が生まれました。日本では、鹿児島県池田湖のイッシーや、北海道屈斜路湖のクッシーが知られています。北米のチャンプやオゴポゴも、ネッシーと並んで語られる湖のUMAです。1977年に日本の漁船が引き揚げたニューネッシーも、ネッシーの名前から名付けられました。







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