ピーリー・レイースの地図
ぴーりーれいーすのちず
- レア度
- 4
- 危険度
- 1
- 実在確率
- 5
- 知名度
- 4
ピーリー・レイースの地図
ぴーりーれいーすのちず
1513年にオスマン帝国の提督ピーリー・レイースが描いた世界地図。南米の海岸線などが描かれ、下の部分が「氷に覆われる前の南極大陸」ではないかと話題になった。研究者の多くは、南米の海岸線を曲げて描いたものと考えている。
| 別名 | ピリ・レイスの地図、ピリレイスの地図、ピーリー・レイスの地図、南極大陸の地図、Piri Reis map |
| 時代・初出 |
1513年
年表:鎌倉〜戦国のナゾ ›
|
| 発祥 | トルコ(オスマン帝国) |
| ステータス |
- レア度
- 4
- 危険度
- 1
- 実在確率
- 5
- 知名度
- 4
|
ランキングに投票
ログイン不要・1日1回応援できます。 ランキング一覧
ピーリー・レイースの地図とは
ピーリー・レイースの地図は、オスマン帝国の海軍提督で地図製作者でもあったピーリー・レイースが、1513年にガゼルの皮に描いた世界地図です。1929年、イスタンブールのトプカプ宮殿で見つかりました。現存するのは地図の一部で、ヨーロッパと西アフリカ、大西洋、そして南アメリカの東海岸が描かれています。
コロンブスの地図をもとにした?
地図の書き込みによると、ピーリー・レイースは、古代の地図やアラビアの地図など約20の地図をもとにこの地図を作り、その中にはクリストファー・コロンブスが使った地図も含まれていたといいます。コロンブスの航海から約20年後に作られた、アメリカ大陸を描いた最も古い地図の一つとして、歴史的にも貴重なものです。
南極大陸が描かれている?
この地図がオーパーツとして有名になったのは、地図の下の部分に描かれた陸地が、「厚い氷に覆われる前の南極大陸の海岸線」ではないか、という説が唱えられたためです。1960年代にアメリカの大学教授チャールズ・ハプグッドが著書で主張し、南極が氷に覆われる前の時代に、高度な文明が地図を作っていたのではないか――という超古代文明説と結びつけられました。
しかし地図学の研究者の多くは、地図の下の部分は、ガゼルの皮に収めるために南アメリカの海岸線を東に折り曲げて描いたものだと考えています。南極大陸が実際に発見されたのは19世紀のことです。昔の地図に描かれた「南の大陸」としては、メガラニカも知られています。有名なオーパーツの一覧はオーパーツのページにまとめています。
ピーリー・レイースの地図のつながり
周りの丸を押すと、その項目が中心になります。伝説から伝説へ、芋づる式にたどってみましょう。
つながりを文章で見る
ご注意
掲載内容は伝承・目撃談・説の紹介であり、事実であることを保証するものではありません。ステータスは当サイト独自の目安です。私有地・立入禁止区域への侵入は法律で禁止されています。現地の方の迷惑になる行為はおやめください。
「ピーリー・レイースの地図」にまつわる伝承地や目撃情報を知っていますか? 情報を投稿する ›
コメント(0)
まだコメントはありません。伝承や目撃談の補足、感想など、最初のコメントを書いてみませんか?