白虎とは
白虎(びゃっこ)は、古代中国で生まれた「四神」の一つで、西の方角を守る白い虎の姿をした霊獣です。青龍(東)・朱雀(南)・玄武(北)とともに、四つの方角を守るとされてきました。
虎は、中国では「百獣の王」とされ、強さと勇ましさの象徴でした。その虎が白い姿をしていることには、五行思想にもとづく意味が込められています。
五行思想と白虎
四神の考え方は、世界のすべてを木・火・土・金・水の五つの要素で説明する「五行思想」と結びついています。白虎は五行の「金」にあたり、方角は西、季節は秋、色は白を表します。太陽が沈む西と、実りの季節である秋は、物事が成熟し、終わりへ向かう時を意味しました。
「金」は金属を表し、刀や武器とも結びつくことから、白虎は戦いや守りの神獣としての性格も持っていました。中国では、虎は五百年生きると毛が白くなり、霊力を持つようになるという言い伝えもあります。
星座としての白虎
四神は、夜空の星座とも深く関係しています。古代中国では、月の通り道に沿った星々を二十八のグループ(二十八宿)に分け、東西南北に七つずつまとめて四神の姿に見立てました。西の七つの星座(奎・婁・胃・昴・畢・觜・参)をつなぐと、虎の姿になると考えられたのです。このうち「昴(ぼう)」は、日本で「すばる」と呼ばれるプレアデス星団にあたります。
四神相応と白虎
都づくりの考え方「四神相応」では、西に大きな道があることが白虎にふさわしいとされました。平安京では、都から西へ延びる山陰道が白虎にあたるといわれています。東の鴨川(青龍)、南の巨椋池(朱雀)、北の船岡山(玄武)とあわせて、平安京は四神に守られた理想の都とされました。
キトラ古墳の白虎
奈良県明日香村のキトラ古墳の石室の西の壁には、白虎の姿が描かれています。白い体に黒い縞模様を持ち、長い尾をなびかせて走る姿は、7世紀末から8世紀初めごろに描かれたと考えられています。高松塚古墳にも白虎の壁画があり、日本に四神の考え方が伝わっていたことを示しています。
相撲の白房
大相撲の土俵の屋根の四隅に下がる房のうち、西にある白い房「白房」は、白虎を表しています。東の青房(青龍)、南の赤房(朱雀)、北の黒房(玄武)とあわせて、土俵は四神に守られた神聖な場所とされているのです。
白虎隊の名前の由来
幕末の戊辰戦争(1868年)で、会津藩(現在の福島県)が組織した少年たちの部隊「白虎隊」は、四神にちなんで名付けられました。会津藩は、年齢によって部隊を分け、50歳以上を玄武隊、36〜49歳を青龍隊、18〜35歳を朱雀隊、16〜17歳を白虎隊としました。飯盛山で自刃した白虎隊士たちの話は、今も語り継がれています。
現代の白虎
白い毛を持つ虎は、実際の動物としても存在します。ベンガルトラの中にまれに生まれる白い個体「ホワイトタイガー」で、動物園でも人気を集めています。白い虎の神秘的な姿は、神獣・白虎のイメージとも重なります。現在、白虎は漫画やゲームでも、西を守る四神の一体として、強く気高いキャラクターとして描かれています。







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