ピクシーとは
ピクシーは、イングランド南西部のコーンウォールやデヴォンに伝わる、小さな妖精です。コーンウォールでは「ピスキー」とも呼ばれます。赤い髪にとがった耳、緑色の服を着た小さな姿で描かれることが多く、月夜に集まって輪になって踊るのが大好きだといわれます。
現代では、羽の生えた小さな妖精を広く指す言葉としても使われ、ゲームや映画、アニメなどでおなじみの存在になっています。しかし、もともとのピクシーは、イングランド南西部の荒野や村々で語り継がれてきた、とても土地に根ざした妖精でした。
旅人を迷わせる「ピクシー・レッド」
ピクシーの伝承の中で最も有名なのが、旅人を道に迷わせるいたずらです。よく知っているはずの道なのに、いつの間にか同じところをぐるぐる回ってしまい、どうしても家にたどり着けない――そんなとき、人々は「ピクシーに導かれた(ピクシー・レッド)」と言いました。デヴォンの広大な荒野ダートムーアのように、霧が出やすく目印の少ない土地では、実際に道に迷う人が多かったのでしょう。
ピクシーに惑わされたときは、上着を裏返しに着ると魔法が解けるといわれていました。ふだんと「あべこべ」のことをすると魔法が解けるという考え方は、スラヴの森の精霊レーシィの伝承にも見られ、ヨーロッパの妖精の伝承に広く共通しています。日本で「キツネに化かされて道に迷う」と言われてきた話とも、よく似ています。
家事を手伝うピクシー
ピクシーは、いたずらばかりする妖精ではありません。デヴォンには、夜のうちにこっそり納屋に入り込み、農家の脱穀(麦の穂から実を取る作業)を手伝ってくれるピクシーの話が伝わっています。農夫がお礼に新しい服を作って置いておくと、ピクシーは大喜びでそれを着て、二度と戻ってこなかったといいます。
お礼に服を贈ると妖精が去ってしまうという話は、スコットランドのブラウニーなど、家事を手伝う妖精の伝承に共通するものです。19世紀には、デヴォンの作家アンナ・イライザ・ブレイが、地元に伝わるピクシーの話を集めて紹介し、こうした伝承が広く知られるようになりました。
ピクシーの正体の言い伝え
ピクシーの正体については、地元でもさまざまに語られてきました。洗礼を受けずに亡くなった子どもたちの魂がピクシーになったという言い伝えや、キリスト教が広まる前からこの土地に住んでいた人々の記憶が、小さな妖精の姿になったという考え方などがあります。
デヴォンの町オタリー・セント・メアリーには、町の教会の鐘の音を嫌ったピクシーたちが、町はずれの洞窟へ追い払われたという伝説があり、毎年夏には「ピクシー・デー」という祭りが開かれています。子どもたちがピクシーにふんして町を練り歩くこの祭りは、今も地域の行事として続いています。
ピクシーと「フェアリー」
イギリスにはさまざまな妖精の伝承があり、ピクシーはその中の一つです。妖精全体を指す古い言葉にはフェイがあり、そこから「フェアリー」という言葉が生まれました。19世紀のヴィクトリア朝の時代になると、絵本や絵画の中で、とんがり帽子をかぶった小さくかわいらしいピクシーの姿が広まり、現在のイメージにつながっていきます。短く切りそろえた髪型を「ピクシー・カット」と呼ぶのも、ピクシーの軽やかなイメージに由来しています。
コーンウォールとデヴォンの妖精たち
コーンウォールには、ピクシーのほかにも、古い遺跡や宝を守る妖精スプリガンや、鉱山にすむ妖精の話が伝わっています。荒野や海、鉱山に囲まれたイングランド南西部は、イギリスでも特に妖精の伝承が豊かな土地です。1917年に撮影されたコティングリーの妖精写真のように、妖精の存在をめぐる騒動が起きたのも、こうした伝承が人々の身近にあったからといえるでしょう。





コメント(0)
まだコメントはありません。伝承や目撃談の補足、感想など、最初のコメントを書いてみませんか?