船幽霊とは
船幽霊(ふなゆうれい)は、海で亡くなった人の霊が、船に近づいてくるという海の幽霊です。夜の海で船の周りに現れ、「柄杓(ひしゃく)を貸せ」と声をかけてきます。言われるままに柄杓を渡すと、幽霊たちはその柄杓で船にどんどん海の水を汲み入れて、船を沈めてしまうといいます。日本の海辺のほぼ全国に伝わり、海のない地方では、川や湖、沼に現れる話もあります。
底の抜けた柄杓
船幽霊から助かる方法として、各地で伝えられているのが「底を抜いた柄杓を渡す」ことです。底のない柄杓では、いくら水を汲んでも船に水を入れることはできません。このため、昔の漁師や船乗りは、船幽霊に出会ったときのために、底を抜いた柄杓を船に積んでいたといいます。おにぎりを海に投げ入れて、幽霊に供えると助かるという話もあります。
船幽霊が現れるとき
船幽霊は、嵐の夜や霧の濃い夜に現れることが多いとされます。また、お盆の時期、特に盆の十六日に漁に出ると、亡くなった人の霊が船べりに寄ってくると戒められていました。お盆の月夜には、幽霊たちの乗った帆船が現れる、という話もあります。お盆に多いのは、死者の霊を海に送る精霊船(しょうりょうぶね)のイメージと重なるためだと考えられています。
各地の呼び名
船幽霊は、土地によってさまざまな名前で呼ばれています。山口県や佐賀県では「アヤカシ」、福島県では「いなだ貸せ」(いなだは船で使う柄杓のこと)、島根県の隠岐では「ムラサ」、福岡県では「迷い船」などと呼ばれます。江戸時代の絵本『絵本百物語』では、九州の海に現れる船幽霊を、壇ノ浦で滅びた平家の武者たちの霊として描いています。鳥山石燕の妖怪画集『今昔画図続百鬼』(1779年)にも、海に現れる亡者たちの姿が描かれています。
船幽霊と海坊主
船幽霊とよく一緒に語られるのが、海に現れる巨大な坊主頭の妖怪・海坊主です。どちらも嵐や霧の夜に船を襲うとされ、地方によっては、海坊主が「柄杓を貸せ」と言ってくるという話もあります。大きな違いは、船幽霊が海で亡くなった人々の霊、つまり元は人間だったと考えられているのに対し、海坊主は正体のわからない海の化け物として語られることが多い点です。船乗りたちは、海の危険をこうしたさまざまな怪異の姿で語り継ぎ、無事に帰れるよう、海の神に祈りました。
船幽霊の正体
昔の人々は、海で亡くなり、きちんと弔われることのなかった人の霊が、船幽霊になると考えていました。海難事故の多かった時代、船幽霊の話は、嵐や霧の日に無理に船を出してはいけないという戒めでもあったのでしょう。
また、船が急に進まなくなる不思議な現象が、船幽霊の話のもとになったという説もあります。川の水が流れ込む河口の近くなどでは、塩分の少ない軽い水が、海面近くに薄い層を作ることがあります。このとき、船のかじやスクリューの力が、水の層の境目に波を起こすことに使われてしまい、船がなかなか進まなくなることがあるのです。これは「死に水(デッドウォーター)」と呼ばれる現象で、北極探検家のナンセンも、氷がとけた水の上で同じ体験をしたことを記録しています。
海に現れる巨大な妖怪海坊主の話でも、柄杓を貸せと言われる話が語られることがあり、船幽霊と海坊主は、ともに船乗りたちが恐れた海の怪異でした。海に現れる不思議な火としては不知火も知られています。





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