ジャイアントパンダとは
ジャイアントパンダは、中国の四川省などの山地に暮らすクマ科の動物です。白と黒のはっきりした模様と、竹を食べる姿で知られ、今では世界中の動物園の人気者です。しかし、中国の奥深い山地に暮らしていたため、西洋の科学者に知られたのは19世紀後半になってからでした。白と黒の不思議な模様の動物の話は伝わっていても、実物を見た外国人はほとんどおらず、長く「幻の動物」とされていました。
ダヴィド神父の発見
1869年、中国で布教と博物調査を行っていたフランス人宣教師アルマン・ダヴィドは、四川省の山あいの村で、地元の猟師から白黒の毛皮を見せられました。ダヴィドはこの動物に強く興味を持ち、猟師に頼んで標本を手に入れ、パリの国立自然史博物館に送りました。
翌1870年、この標本をもとに新種として記載され、ジャイアントパンダは正式に科学の世界に登場しました。ダヴィドは、ほかにもシフゾウやハンカチノキなど、中国の多くの動植物を西洋に紹介したことで知られています。
「パンダ」はもともと別の動物の名前
実は、「パンダ」という名前は、もともとジャイアントパンダのものではありませんでした。それより前の1825年に、ヒマラヤなどに暮らす赤茶色の小さな動物が「パンダ」という名前で紹介されていたのです。これが、現在の「レッサーパンダ」です。
あとから見つかった白黒の大きな動物は、竹を食べるなどレッサーパンダと似た特徴があったことから、「大きなパンダ(ジャイアントパンダ)」と呼ばれるようになり、もとのパンダは「小さなパンダ(レッサーパンダ)」と呼ばれるようになりました。
クマの仲間?アライグマの仲間?
ジャイアントパンダがどの動物の仲間なのかは、長い間議論されてきました。クマに似た体つきをしている一方で、レッサーパンダやアライグマに近いと考える学者もいたのです。1980年代以降、DNAを調べる研究が進んだことで、ジャイアントパンダはクマ科の動物であることがはっきりしました。
生きたパンダの登場
生きたジャイアントパンダが初めて中国の外に出たのは、1936年のことです。アメリカに運ばれた子どものパンダは、そのかわいらしい姿で大ブームを巻き起こしました。日本には、1972年に日中国交正常化を記念して、2頭のパンダが東京の上野動物園にやって来て、多くの人々が一目見ようと行列を作りました。
竹を食べるための「第6の指」
ジャイアントパンダは、肉食動物が多いクマの仲間でありながら、食べ物のほとんどが竹です。パンダの前足には、手首の骨が大きく発達してできた「第6の指」のような出っ張りがあり、これと5本の指で竹を器用につかむことができます。竹は栄養が少ないため、パンダは1日の大半を、竹を食べることに費やしています。
保護によって数が回復
ジャイアントパンダは、生息地の竹林が減ったことなどから、一時は数が大きく減少しました。中国では保護区を設けるなどの保護活動が進められ、その結果、数が回復してきました。2016年には、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで、絶滅危惧種から危急種へとランクが引き下げられています。
世界三大珍獣
ジャイアントパンダは、オカピやコビトカバとともに「世界三大珍獣」と呼ばれることもあります。いずれも、19世紀から20世紀にかけて西洋の科学者に知られるようになった動物です。かつて幻とされた動物が実在を確かめられた例として、ナゾマップでは「実在確認UMA」として紹介しています。





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