迷い家とは
迷い家(まよいが、マヨイガ)は、山の中で道に迷った人が偶然たどり着くという、不思議な屋敷です。岩手県の遠野地方に伝わる話で、民俗学者柳田國男が1910年に出版した『遠野物語』に、遠野出身の佐々木喜善から聞いた話として紹介されています。
迷い家の中には誰もいないのに、ついさっきまで人が暮らしていたような気配があります。そして、迷い家にたどり着いた人は、そこにある物を何かひとつ持ち帰ると、幸運に恵まれるといわれます。
赤い椀が流れてきた話
『遠野物語』の第63話は、小国(おぐに)村の、ある貧しい家の妻の話です。妻は、ふきを採りに山へ入るうちに谷の奥深くまで迷い込み、立派な黒い門の屋敷を見つけました。庭には紅白の花が一面に咲き、鶏がたくさん遊び、裏には牛小屋や馬小屋もあります。家の中に上がると、座敷には赤と黒の立派なお膳とお椀がたくさん並べられ、火鉢にかけた鉄瓶では湯がたぎっていました。それなのに、人の姿はどこにもありません。妻は山男の家ではないかと恐ろしくなり、何も取らずに走って家に逃げ帰りました。
ある日、妻が家の前の川で洗い物をしていると、川上から赤い椀がひとつ流れてきました。あまりに美しいので拾って持ち帰り、汚れた物に使うと叱られると思って、米びつの中で米を量る器にしました。すると、いくら米を量っても米びつの米がなくならず、その家はやがて村一番の金持ちになったといいます。物語は、何も盗もうとしなかった無欲な妻に、迷い家のほうから椀を流して授けたのだろう、と結ばれています。
何も得られなかった男の話
続く第64話には、金沢村の男が、婿入り先へ向かう途中で山に迷い、同じような屋敷を見つけた話があります。男が村に帰ってその話をすると、村人たちは「それは迷い家だ、行って膳椀を持ってきて長者になろう」と、男を案内に立てて大勢で山に入りました。しかし、いくら探しても、屋敷は二度と見つからなかったといいます。迷い家は、欲を出して探しに行く者の前には現れないのです。
隠れ里の伝承
山奥や水の底に、人の目から隠れた豊かな村や屋敷があるという話は、「隠れ里」として日本各地に伝わっています。迷い家の話には、山を、恵みをもたらすと同時に人を迷わせる、不思議な異界と考えた昔の人々の感覚が表れています。山で姿を消す神隠しの話とも通じるものがあります。
中国の「桃源郷」との共通点
迷い家の話は、中国の詩人・陶淵明が4〜5世紀に書いた『桃花源記』とよく似ています。ある漁師が川をさかのぼるうちに、桃の花の咲く林の奥で、外の世界と切り離されて平和に暮らす村を見つけ、もてなしを受けました。しかし、村を出たあと、もう一度訪ねようとしても、二度と道を見つけることはできなかったといいます。ここから生まれた「桃源郷」という言葉は、今も理想の世界のたとえとして使われています。偶然でなければたどり着けず、探そうとすると見つからない不思議な場所の話は、国を越えて語られてきたのです。
現代の作品の中の迷い家
迷い家は、現代の小説やアニメ、映画などでも、山奥の不思議な屋敷の題材として取り上げられています。遠野は今も「民話のふるさと」として知られ、河童や座敷わらし、オシラサマなどの伝承を訪ねる人々が訪れています。





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