目目連とは
目目連(もくもくれん)は、荒れ果てた古い家の障子の、マス目の一つひとつに無数の目が浮かび上がる妖怪です。江戸時代の絵師鳥山石燕が、1781年の妖怪画集『今昔百鬼拾遺』に描きました。何十もの目が、障子のマス目からいっせいにこちらを見つめている姿は、数ある妖怪画の中でも特に不気味なものとして知られています。
碁打ちの念が生んだ妖怪
石燕は絵に添えた文章で、目目連を、碁打ち(囲碁の名人)が住んでいた家に現れたものとし、碁打ちが碁盤に向けた強い念が、家全体に現れたのだろうと説明しています。碁盤も障子も、縦横の線で区切られたマス目でできています。碁盤の目をにらみ続けた執念が、家の障子の目にのりうつったという、言葉遊びの効いた妖怪なのです。
民俗学の研究者の中には、目目連は昔からの伝承ではなく、石燕が創作した妖怪だと考える人もいます。また、一つ目の神「一目連(いちもくれん)」の名前をもじったものではないかという説もあります。
後の時代に語られた目目連
石燕の絵が知られるにつれ、障子や部屋に無数の目が現れる話が、目目連として語られるようになりました。漫画家の水木しげるは、目玉が次々に増えて部屋を埋めつくすという南部藩士の話などを、目目連の仲間として紹介しています。
水木しげるの家族にまつわる話もあります。水木の次女が中学の修学旅行で京都の旅館に泊まった夜、障子に目のようなものが動いて見えたといい、それを聞いた水木が「目目連だ」と語ったとされます。この場面は、2010年に放送されたNHKの連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』でも描かれました。
障子の目は錯覚?
障子に目が見える現象は、目の錯覚で説明できるかもしれません。白い格子模様をじっと見ていると、線と線が交わる部分に、実際にはない黒い点がちらちらと見えることがあります。これは「格子錯視(ハーマン格子錯視)」などと呼ばれる現象です。テレビ番組の実験でも、障子のような格子模様の絵をのぞいた人たちが、そこに目のようなものを見たと答えています。夜、月明かりに照らされた古い障子を見て、無数の目が浮かんでいるように感じたことが、目目連の話を生んだのかもしれません。
「壁に耳あり障子に目あり」
日本には「壁に耳あり障子に目あり」ということわざがあります。壁の向こうで誰かが聞いているかもしれない、障子の陰から誰かがのぞいているかもしれないので、秘密の話はどこで漏れるかわからない、という戒めです。紙一枚で仕切られた障子は、光や音を通しやすく、昔の日本の家では、部屋の外の気配がすぐに伝わりました。障子に指で穴をあけてのぞき見る場面は、時代劇などでもおなじみです。目目連は、このことわざをそのまま妖怪にしたような存在ともいえます。
見られている恐怖
誰もいないはずの場所で「見られている」と感じる恐怖は、多くの怪談に共通しています。同じく石燕が描いた妖怪には、「田を返せ」と叫ぶ泥田坊や、炎の車輪の輪入道などがあります。古い道具や家に魂が宿るという付喪神の考え方にも通じる妖怪です。





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